図画工作も含めれば、日本人は少なくとも9年間美術の教育を受けている。その教育を受けた成果として、私たちは何の力を身に着けているのだろうか。画力? 絵を描くことが美術だと、21世紀の現在、言うことができるだろうか? もっと言えば、上手く描けるようになる授業なんてものをする教師もいない。教えてもいないのに、能力は評価される。はたしてこれは何の教育なのだろうか。
Art EducationとEducation Through Art。美術教育と一言で言っても、実はその中にこの二つの意味が含まれている。前者は美術そのものを教える教育ということだ。美術に高い価値を認める社会にあっては、美術そのものを教育することにも価値があるとされ、専門教育のみならず、小学校や中学校といった普通教育においても美術そのものの教育はなされてきた。「美術とは絵を描く教科」だと広く認識されているが、それは絵を描くことが美術そのものであり、美術そのものを学ぶことが美術科だと信じられてきたからである。
一方後者は「美術による教育」ということになるが、美術そのものの教育を目的とせず、美術の活動(表現・鑑賞)を通して個人が獲得する知識・技能が重要であるという立場を指す。この場合の知識・技能は美術の分野において有用なものという意味ではなく、日常の生活実践において様々なレベルで人に有用なものということである。絵を描くことを例にすれば、良い絵を描けるようになることを前者の芸術そのものの教育が目指しがちなのに対して、後者では、絵を描くことを通して獲得される能力を通じていかに人間的な成長を果たすかが問題とされる。後者の代表的論者はハーバート・リードである。彼にとって美術教育は「人間の意識―すなわち人間個人の知能や判断―の基礎となっている諸感覚の教育」に他ならない。
教育のみならず現代の社会における芸術において、この二つの立場の力学が変化しつつある。自律的であるという扱いゆえに機能が求められなかった芸術だが、近年芸術のもつ外的効用が有用な機能として喧伝されることが増えている。つまり、後者の「美術による教育」に近い立場だ。これは義務教育課程や行政の芸術文化政策において顕著だと言える。しかし、この変化は、広く共有されているというよりは分裂を生じさせているように見える。
昨今の状況はさらに難しい新たな課題を我々に突き付けている。芸術が自律的に存在する以上、その外部に対してはほとんど制度的な関心は持たれなかったし、持なくてもよかった。しかし70年代以降、アースワークやパフォーマンスなど美術の表現行為は、制度的に成立している美術館やギャラリーから出ていき、現実の社会との接触を望むようになった。もちろん無味無臭の中立的空間としてのホワイトキューブと現実の社会とでは、作品を成立させる条件が全く異なり、川俣正のような作家はそのことに意味を求めてアートワールドの外部へと出て行った。そして2000年代以降の日本では、様々な地域アートイベントが各地で催されるようになり、地域社会の歴史や伝統、経済構造、コミュニティに関わる作品が増えている。
しかし、旧来の「(近代)美術の教育」を受けてきた作家たちは、いかなる資格においてそれらを表現することを許されるのだろうか。もちろん「表現の自由」は万人が有するものだ。しかしそれは無制限の権利ではないし、プロフェッショナルとして関わる際には、その専門性とは何かが問われるべきなのは言うまでもない。社会に関わる表現を行うのに、社会について素人でいることは許されるのだろうか。素人であるがゆえに意味のある表現が成立することもあるだろう。しかし、微妙な問題を孕む領域でそう振る舞うことが暴力とか破壊の行為となることもありうる。
実のところ、空間的には美術の世界から出ていても、作品の意味生成の論理は相も変わらずアートワールドのものに過ぎないケースは少なくない。そのことは場合によって、他者の人権を踏みにじることにさえ通じ、少しずつ積み上げられたものを一気に壊してしまうことさえもあるだろう。一方でクレア・ビショップに代表されるリレーショナル・アート批判では、多くのコミュニティの成員に安易に受け入れられもの提供することが美術に求められるものなのかという問いが投げかけられるが、緊張関係を強いる敵対性をコミュニティに持ち込めばよいということでももちろんないはずだ。おそらくは作品を構成する新たな要素を学ぶことが求められている。
社会との関係において、感性に基づいた表現行為である美術作品が果たせる役割は極めて大きいはずだという立場に立つとき、我々は美術教育で一体何を学ぶべきなのか、今回の社会の芸術フォーラム「美術と教育」では、そのことについて考えたい。
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第八回フォーラム「美術と教育」
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日時:2016年11月23日(水・祝)13:00〜17:00 ※開場は12:30
場所:東京大学本郷キャンパス構内(参加申込をいただいた方にはメールにて詳細をお伝えします)
定員:115人
<参加申込>
https://goo.gl/forms/XYdaMpSa3arSGqLo2
※参加申込は前日までにお願いします(定員になり次第、受付を終了します)
【 登壇者 】
青山 悟(アーティスト)
縣 拓充(教育心理学、千葉大学)
郷 泰典(東京都現代美術館 教育普及)
西村徳行(美術科教育学、東京学芸大学)
【 司会・進行 】
岡田裕子(アーティスト、社会の芸術フォーラム)
神野真吾(芸術学、社会の芸術フォーラム)